今朝は午前2時半起き…。もう眠れません。
ここまでくると早朝覚醒ではないのかな?睡眠障害?単に昼寝し過ぎ?
さて、私の父方の叔母に、小さい頃から遊んでくれた「ちゃこちゃん」がいました。
なぜ過去形かというと、ちゃこちゃんは亡くなってしまって、もういないからです。今日は月の命日です。
肺ガンでした。気づいたときにはもう末期。余命3ヶ月と診断されましたが、それでもその後1年は命をいただきました。
何度かお見舞いにいくと、いつも反対に私を気遣ってくれて、優しい言葉をかけてくれました。今となっては、もうお礼も言えないんだなぁって、改めて実感しています。
都内の病院で息を引き取ったのですが、肺ガンですから、最後は息をすることができなくなって、酸素マスクをしていても呼吸ができなくて…苦しそうだった…。
結婚はしていなかったけど、一緒に暮らしていた人がいて、その人が私に「もう亡くなってしまいそうだから」と連絡してくれました。それで飛行機で病院にとんで行ったのです。
でも、叔母は私が病院に来たことで、自分の死期を悟ってしまったのです。そして、苦しい息のなか、内縁の夫に言いました。
「窓から放り投げて」
今でもその言葉を忘れることはできません。一緒にいた父も、きっと同じ気持ちでしょう。
お葬式の後、叔母の内縁の夫が言ったそうです。「emmaを呼んだから、自分が死ぬって分かっちゃったのかな」って。
父は怒りました。そして私には「気にしてはいけない」と言ってくれました。
それ以来、絶対にその内縁の夫と連絡をとってはいけない、と両親からは言われています。
私が思うに、その人は悪い人じゃないけど、きっと叔母があんなに苦しんでいたから、どこかに逃げ場が欲しかったのではないか、そう思います。
その話を別にしても、叔母の最期のときに会いにいったのは、私のエゴだったのかなと言う気がしてなりません。私は優しさを勘違いしていました。本当に優しい人なら、そんな苦しんでる人のところに行ったりするはずがない。
私は、自分が後で後悔したくないために、叔母に会いに行ったのです、きっと…
「優しさ」と「エゴ」は紙一重なこともある、そのときに初めて気づいたことです。
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